| トップページ > 反対派の精神構造と思考構造 |
|
反対派の精神構造と思考構造 少年犯罪は本当に増えたか? |
はじめに
はじめにお断わりしておくと、少年犯罪のことなんて、 民法改正とも、ジェンダー問題とも、なんの関係もないことです。 本来なら、このようなサイトで、話題になることではありません。 ところが、バックラッシュや、選択別姓の反対論者たちは、 「夫婦で苗字が異なると、家族のきずなが壊れて、 子どもが荒れるので、少年犯罪が増えることになる」とか 「母親が働きに出て、子どものそばにいないから愛情が不足して、 非行を起こすようになる」などと言うことがあります。 つまり反対論者にとっては、関係あることになります。 反対論者たちが、自分たちだけでいきまいているだけならともかく、 彼らの言いぶんは、社会の偏見に訴えるものがあるせいで、 世論や政治に、好ましくない影響をおよぼすことがあります。 それで、このあたりについて、簡単にお話しておくことにします。 |
少年犯罪は本当に増えたか?
いつのころからか、「最近になって、少年犯罪が増えてきた」とか 「凶悪化してきた」と、言われるようになっています。 これを受けて、少年犯罪の厳罰化を唱える人も、すくなからずいます。 マスメディアや有識者の中にも、こうした論調は見られますが、 本当のところは、どうなのでしょうか? はじめに数ですが、戦後の少年犯罪の件数は、 警視庁の発表している、「少年犯罪統計データ」に出ています。 犯罪の種類ごとにデータがありますが、件数がいちばん多いのは、 どの犯罪も1960年台で、そののち1980年台まで減り続け、 それ以後現在にいたるまで、低い数値でほぼ一定になっています。 つぎのサイトに、これをビジュアルにしたものがあります。 10万人あたりの殺人の検挙数を、年齢別にわけてグラフにしたものです。 14-19歳の検挙数を全部合わせると、1960年ごろは約11人ですが、 1980年以降は、約2人にとどまっていることがわかります。 「メディアと「青少年凶悪化」幻想」 http://www.jca.apc.org/toudai-shokuren/dekigoto/000824a.html |
少年犯罪は本当に凶悪化したか?
サカキバラくんに代表される、凶悪な少年犯罪は、 経済的なこととは関係ない、「文化的抑圧原因型」の犯罪です。 これは、どういうことかというと、たとえば、 過度な受験競争にさらされるとか、親や周囲のおとなたちの 期待を背負わされて、模範的な子を演じようとして、 ストレスを抱え込むというのが、ありがちなケースでしょう。 1979年に、東京の学者一家の高校生が起こした殺人が、 きわめて衝撃的だったようで、マスコミが大々的に取り上げました。 エリート街道を歩んでいる家庭で、凶悪な殺人事件が起きたのは、 世間一般の人たちにとって、理解しがたいものがあったのかもしれないです。 それから少年犯罪は、世論やマスコミの関心を惹くようになり、 どこかで事件が起きると、報道されるようになっていきます。 本当に増えたのは、「マスコミで報道される少年犯罪」なのですが、 「少年犯罪」そのものが増えたように、多くの人は感じたのでした。 また、マスコミや世論が、関心を持つようになったのは、 上述の学者一家のみならず、どこにでもあるありふれた家庭や、 はた目には恵まれた家庭で、起きていることもあるようです。 サカキバラくんは、わりあい裕福な家庭の子で、 母親は専業主婦、きょうだいもいて一人っ子ではないですから、 「どこにでもある模範的な家庭」の見本とも言えるでしょう。 かくしてそれまでは、「貧乏なうちの子のお話」と、 他人ごとのようで、ろくに興味がわかなかった少年犯罪が、 きゅうに身近に感じられるようになったのでしょう。 それで、自分のところや、ご近所さんでも起きるかもしれない、 という疑心暗鬼が働いて、凶悪な少年犯罪が増えたような、 気分になったのだろうと思います。 このような「文化的抑圧原因型」の凶悪少年犯罪は、 1980年ごろから増えたのかというと、そうではないようです。 「小松川女子高生殺人事件(1958年)」、「少年ライフル魔事件(1965年)」、 「杉並少年通り魔事件(1963-64年)」といった、サカキバラくんを 彷佛させる事件は、むかしからいくつも起きています。 また、哲学者の鶴見俊輔氏は、エリート街道を歩むよう、 親から過度に、期待と圧力をかけられたことが原因で、 ぐれてしまい、自殺を図ったり、警官とやり合ったりする 不良少年になってしまったそうです。(1930年代) 受験競争のストレスというのも、最近だけのことではないようですね。 ようするに、凶悪な少年犯罪なんて、むかしからあったのでした。 1980年代になって「経済的抑圧原因型」の犯罪が減ってきて、 「文化的抑圧原因型」の犯罪が、相対的に目立ってきたところへ、 世間やマスコミに、注目されるようになったのが、実際のところです。 最近の凶悪少年犯罪は、「現代社会のひずみ」なんて言われますが、 過去20年くらいのスパンで、「現代」だけのことではないですし、 このような批評は当たらないのだと思います。 |
世論や識者が「作る」犯罪統計データ
世論やメディアが、犯罪に興味を持つようになると、 こんどは犯罪統計のデータを「作る」ようにもなってきます。 さきにご紹介した、「少年犯罪統計データ」に出ている、 「強盗」の発生件数を、グラフ化したものがつぎの図です。 これを見ていると、1997年からたしかに増えていて、 凶悪な少年犯罪が増えたと、結論できそうな気がしてきます。 ところが、増えているのは1997年だけで、 それ以後は、そのままの水準でほぼ一定になっています。 したがって、これは自然に増えたのではなく、 1997年だけ、特別ななにかがあったと考えたほうがよさそうです。 |
反対論者たち特有の偏見
少年犯罪が近年になって増えたとか、凶悪化したとか 言われることの実態は、おわかりいただけたかと思います。 ところが、そうだとすると、「一見しあわせそうで 模範的な家庭がじつは危ない」とか、「おとなたちから見て、 優等生の子どもの家庭が危ない」のような認識になると思います。 世間一般の常識(というか偏見)は、おそらくそうでしょう。 そしてこのことが、少年犯罪が凶悪化したと思わせている、 一因であることは、すでにお話したとおりです。 夫婦で苗字が異なるとか、母親も働いているといったことは、 どうやっても、出てくるはずもないことです。 ところが、選択別姓の反対論者や、バックラッシュたちは、 「夫婦別姓だと、家族がばらばらになって、子どもが非行を起こす」とか、 「女性の社会進出に、愛情不足の原因がある」などと、 信じているのですから、彼らだけに特有の偏見が、 ほかにもうひとつあることになります。 それは、夫が外で働き、妻が専業主婦として家庭を守るという、 高度経済成長期に多かった「標準家庭」が、 「正しい家族」だという幻想だろうと考えられます。 この古きよき時代には、なにもかもがうまくいっていたと、 彼らは信じているからでしょう、家族に関したことで、 なにか具合の悪いことがあると、それは「正しい家庭」から、 外れているからだと、教条的に決めつけるのだと思います。 そこから、「凶悪な少年犯罪の増加は、夫婦別姓や、 女性の社会進出のせいだ」という主張を、展開することになります。 これらに対して、具体的に根拠がしめされることは、 いつもないですし、単に断定しているだけであって、 無知と偏見にもとづく、言いがかりにすぎないと言えます。 凶悪な少年犯罪が起きると、犯人の子どもの家庭は、 反対論者のいわゆる「正しい家庭」の見本であることが、 報道で紹介されて、衝撃を与えたりします。 ところが、そうしたことは、あたかも聞いていなかったかのように、 無視されてしまうところに、反対論者たちやバックラッシュたちの 「思考停止」ぶりが、よくあらわれていると思います。 |
参考文献、資料
|
「反対派の精神構造と思考構造」にもどる トップにもどる |